Profile

心に残る瞬間をお渡しします

残してよかったと思う情景は 、
見過ごしてしまいそうな、なにげない瞬間のなかにあるものです。
その一瞬に目を凝らすのが私の仕事です。
皆さまの大切な思い出を残すお手伝いをさせていただければ幸いです。

小宮山 巌

経歴
1966年 東京都港区生まれ。
中学高校は、カトリック系の男子校ですごしました。下校途中よく神田の本屋をひやかしていました。初めて手にしたカメラで写真を撮り始めたのもこの頃です。おもちゃのようなカメラでしたが、日の出前の時間が好きで、立ち枯れの森や明け方の空を撮りにでかけたのを覚えています。
1989年 大学卒業後、1年間カメラを携え国内外を巡りました。バブル期の当時、就職もせずにアルバイトでしのぎつつ旅にでかけていく私は、周囲から奇異の目でみられました。
沖縄諸島では、ダイビング用タンクと水中カメラを積んだ軽バンに寝泊りしながら、2ヶ月ほど
水中を中心に撮影をしました。ぼろぼろの軽バンの助手席を倒して寝袋にくるまっていると、よく職務質問されました。旅先で出会った同じような旅をしている連中は、中身のぎっしりつまった一癖二癖ある者がごろごろいました。
1990年 撮りためた写真を履歴書がわりに出版社にもぐりこみ、撮影課のカメラマンとして旅行月刊誌の撮影を行うようになりました。国内外の海と島、リゾートでの撮影が多く、一年中真っ黒に日焼けした坊主頭で海外を歩いていると、日本人旅行者からカタコトの英語で道を聞かれることもしばしばでした。数年勤めた後、フリーカメラマンとして独立しました。
1993年 就労ビザをとり、3年ほどパラオ共和国で、写真、ビデオの撮影に明け暮れていました。撮影した水中ビデオはリゾートのショップで販売していました。その頃のパラオは、世界でも指折りのダイビングスポットでした。毎日のようにサメやマンタやバラクーダの群れを追いかけ、合間に、椰子の木陰で昼寝をし、無人島でおにぎりをかじる‥‥。呑気極まりない生活でした。
1997年 帰国後、結婚式の写真を撮りはじめました。特殊なプリンターを導入し制作していたオリジナルフォトブックは、特にレストランウエディングを行うお二人に大変好評でした。それまでの雑誌や広告の仕事と違い、結婚式の撮影は、依頼者が、閲覧者であり被写体でもあるということから、目指す写真も変わりました。被写体であるご本人に直接喜んでもらえるということが、私自身にも新鮮な喜びをもたらしてくれました。
都内の私立小学校からの依頼をきっかけに学校写真の撮影が多くなり、次第に子供や家族の撮影機会がふえていきました。子供の撮影が大好きになりました。
以降、結婚式、演奏会、イベントなど人物撮影を中心に撮影を行っています。おかげさまで自然な表情をおさえるスナップポートレートは、大変好評をいただいています。
30年以上にわたり、30か国以上を巡り、日常のドラマを撮り続けています。

小宮山 巌 写真事務所 / Petros co.ltd.
東京都 渋谷区 神宮前 2-31-1
info@komiyamaiwao.com